原価計算の理論を学習している方にとっては、実際原価とは、費用・工数・製造数量など原価計算に必要な各要素について、実績データを用いて計算した原価と捉えると思います。
実際、原価計算基準においても、実際原価は「経営の正常な状態を前提とする財貨の実際消費量をもって計算した原価」を指すので、その認識自体は間違ってはいません。
しかし、実務はそう単純ではなく、実際原価計算に必要な実績データを取得できないことも、課題としてよく挙がります。
そのような場合、どのように対応すればよいでしょうか?
本日のテーマは、製品原価における実際原価計算において、実績データが取得できない場合の対処法についてです。
実績データが取得できない場合は標準値をもとに計算することが多いですが、その計算方法について考えていきます。
それでは一緒に学んでいきましょう。
そもそも実際原価が計算できるための要件とは?
実際原価を計算するために必要な要件は、原価計算に「実績データを用いること」だと思う方も多いと思います。
それはそれで正解ですが、もう少し解像度を上げて考えてみましょう。
実際原価も標準原価も、製品原価を計算する際は、完成品を構成する中間品の原価をBOMで積上げて計算します。
従って製品原価を計算する際は、完成品だけでなく中間品に対しても原価を算出する為、完成品および中間品を生産する工程単位で原価を計算します。
この原価を計算する工程単位を、一般的に「原価工程」・「原価計算の工程単位」・「原価計算単位」などと呼び、以下の記事でも考察した通り、この工程毎にチャージレートも設定します。
冒頭で、実際原価計算は実績データを用いた計算と申し上げました。
そして原価は工程の単位で計算することが必要なので、実際原価を計算する為には、ただ実績データを用いるだけでなく、原価を計算する各工程の単位で実績データを取得できることが必要になります。
原価計算の工程単位で実績データを取得する場合、費用の実績データは部・課などの単位から工程に直課・配賦することで、各工程に費用を割り付けることができます。
一方で、工数や受払数など原価計算に用いる生産関連の実績データは、生産管理システムやMES(Manufacturing Execution System=製造実行システム)などを用いて、工程から取得する必要があります。
従い、生産管理における工程単位と原価計算における工程単位が異なる場合、原価計算の工程単位で実績データを取得できるよう生産管理を見直すか、或いは生産管理は見直さず、実績データの取得可能単位にあわせて原価計算の工程単位を設定するかの、いずれかが必要になります。
生産管理の工程単位の見直しには多大な労力を要するので、よほど重点的な原価管理を行う必要がある場合を除き、生産管理の工程単位にあわせて原価計算をすることが多いです。
実績データが取得できない場合の計算方法
たとえ、原価計算の工程単位を生産管理の工程単位にあわせたとしても、生産管理システムの制約等によって、必ずしも全ての工程で実績データを取得できるとは限りません。
代表的な事例として、工程への材料の実際投入量や、工程で各製品を製造した際の実際工数が取得できない場合が挙げられます。
このような場合、製品原価における実際材料費や実際加工費はどのように計算すればよいでしょうか?
この2つの事例における計算方法を、それぞれ考えていきましょう。
① 材料の実際投入量が取得できない場合の実際材料費計算
実際原価を計算するには、工程に投入した材料の実際投入量(=実際消費量)のデータを取得し、実際材料費を計算する必要があります。
しかし、生産管理システムの制約等により、工程によっては実際投入量を把握できないこともあります。
その場合は標準投入量を用いて、材料費を計算します。
具体的には、製品の製造数量と、その製品のBOMに登録された材料の使用量から、その工程への材料の投入量を理論的に算出します。(=標準投入量)
このように製品の製造数量に基づき、BOMを展開して投入量を理論的に算出することを、バックフラッシュと呼びます。
しかし、バックフラッシュはあくまで理論値であり、実際投入量とは異なるので、実際材料費を算出するには、標準投入量と実際投入量の差による原価差異を、各製品に配賦することが必要です。
そしてこの場合の配賦基準として、標準投入量(BOMに登録した材料の使用量×実際製造数量)を用いる場合が多いです。
計算例を考えてみましょう。
【前提】
・ ある工程では、製品A・Bの2製品を製造している。
・ この工程に材料Cを投入しており、材料Cは製品Aに2個、製品Bに1個使用されている。
(つまり、製品AのBOMには材料Cが2個、製品BのBOMには材料Cが1個登録されている)
・ この工程の実際製造数量は、製品Aが100個、製品Bが300個である。
・ 製品A・Bそれぞれに対する材料Cの実際投入数量は不明である。
・ 材料Cの実際単価は200円である。
【計算例】
Step1. 製品A・Bの標準材料費を算出
製品A・Bにおける製品1個当たりの標準材料費は以下の通りである。
・ 製品A:2個×200円=400円/個
・ 製品B:1個×200円=200円/個
Step2. 材料Cの標準投入数量・金額を算出
製品A・Bの実際製造数量より、この工程への材料Cの標準投入数量は、(2個×100個)+(1個×300個)=500個 となる。
従って、この工程への材料Cの標準投入金額は、500個(標準投入数量)×200円(実際単価)=100,000円 となる。
Step3. 材料Cの実際投入金額および原価差異を算出
実棚の結果、この工程への材料Cの実際投入金額は102,000円となり、標準投入金額と比較して2,000円の原価差異(不利差異)が生じた。
※ 製品A・Bへの実際投入金額の内訳は不明
※ 便宜上、原価差異は投入数量による差異のみ発生したと仮定
※ 月初仕掛品、月末仕掛品は無いと仮定(発生費用はすべて原価参入)
Step4. 原価差異を製品A・Bに配賦
Step3の原価差異を、材料Cの標準投入数量(BOMに登録済の使用量×実際製造数量)を配賦基準として、製品A・Bに配賦する。
製品A・Bに対する材料Cの標準投入数量は以下の通り。
・ 製品A:2個×100個= 200個
・ 製品B:1個×300個= 300個
従って、製品A・Bへの原価差異の配賦金額は以下の通りとなる。
・ 製品A:2,000円×200個/500個 = 800円
・ 製品B:2,000円×300個/500個 = 1,200円
Step5. 製品A・Bの1個あたり実際材料費を計算
Step4の原価差異の配賦金額は、製品A100個、製品B300個に対する金額の為、実際製造数量で割ることで、製品1個あたりの原価差異を計算する。
・ 製品Aの1個あたり原価差異:800円÷100個=8円/個
・ 製品Bの1個あたり原価差異:1,200個÷300個=4円/個
Step1で算出した標準材料費に原価差異を上乗せして、製品A・Bの1個当たり実際材料費は以下の通り。
・ 製品A 実際材料費:200円×2個(標準材料費)+8円(原価差異)=408円
・ 製品B 実際材料費:200円×1個(標準材料費)+4円(原価差異)=204円
② 実際工数が取得できない場合の実際加工費計算
実際原価を計算するには、各製品の製造に要した実際工数のデータを取得し、実際加工費を計算する必要があります。
しかし、①の投入量と同様に、工数についても生産管理システムの制約等により、工程によっては実際工数を把握できないこともあります。
その場合は標準工数を用いて、材料費を計算します。
基本的な考え方は①と同じです。
具体的には、製品の製造数量と、その製品の標準工数から、その工程における標準工数の合計値を算出します。
工数はあくまで標準工数ため、実際加工費を算出するには、標準工数と実際工数の差による原価差異を、その工程で製造する各製品に配賦することが必要です。
そしてこの場合の配賦基準として、標準工数の合計値(標準工数×実際製造数量)を用いる場合が多いです。
計算例を考えてみましょう。
【前提】
ある工程では、製品A・Bの2製品を製造している。
この工程のチャージレートは100円/時間で、製品A・Bの1個あたりの標準工数は、製品Aは2時間/個、製品Bは3時間/個である。
製品A・Bそれぞれの製造に要した実際工数は不明である。
この工程の製品A・Bの実際製造数量はともに100個である。
【計算例】
Step1. 製品A・Bの標準加工費を算出
製品A・Bの1個あたりの標準加工費は以下の通りである。
・ 製品A:100円/時間×2時間/個=200円
・ 製品B:100円/時間×3時間/個=300円
Step2. この工程の標準工数の合計値・標準加工費を算出
製品A・Bの実際製造数量より、この工程における標準工数の合計値は、(2時間/個×100個)+(3時間/個×100個)=500時間となる。
従って、この工程における標準加工費は、500時間(標準工数の合計値)×100円/時間(チャージレート)=50,000円となる。
Step3. この工程の実際加工費および原価差異を算出
費用実績を配賦した結果、この工程における実際加工費は60,000円となり、標準加工費と比較して10,000円の原価差異(不利差異)が生じた。
※ 便宜上、原価差異は工数による差異のみ発生したと仮定。
※ 月初仕掛品、月末仕掛品は無いと仮定。(発生費用はすべて原価参入)
Step4. 原価差異を製品A・Bに配賦
Step3の原価差異を、製品A・Bの標準工数の合計値(標準工数×実際製造数量)をもとに、製品A・Bに配賦する。
製品A・Bの標準工数の合計値は以下の通り。
・ 製品A:2時間/個×100個=200時間
・ 製品B:3時間/個×100個=300時間
従って、製品A・Bへの原価差異の配賦金額は以下の通りとなる。
・ 製品Aへの配賦金額:10,000円×200時間/500時間 = 4,000円
・ 製品Bへの配賦金額:10,000円×300時間/500時間 = 6,000円
Step5. 製品A・Bの1個あたりの実際加工費を計算
Step4の原価差異の配賦金額は、製品A100個、製品B100個に対する金額の為、実際製造数量で割ることで、製品1個あたりの原価差異を計算する。
・ 製品Aの1個あたり原価差異:4,000円÷100個=40円
・ 製品Bの1個あたり原価差異:6,000個÷100個=60円
Step1で算出した標準材料費に原価差異を上乗せして、製品A・Bの1個当たり実際加工費は以下の通り。
・ 製品A 実際材料費:100円/時間×2時間/個(標準加工費)+40円(原価差異)=240円
・ 製品B 実際材料費:100円/時間×3時間/個(標準加工費)+60円(原価差異)=360円
①・②のいずれの事例も、標準原価に、1個当たり原価差異を上乗せ(或いは控除)して、実際原価を算出するという点で共通です。
是非、参考にしてみてください。
この記事で紹介する内容は以上です。
少しでも参考になれば幸いです。